2017年6月13日
「ユリトピア」というビアン百合ソーシャルネットのリンクを貼りました。僕も参加しています。
2017年2月4日
何も変わっていませんが本年もよろしくお願いします。
2016年2月2日
本年もよろしくお願いします。
2012年7月21日
あの黒歴史SNSこと『Girlx』が別の形で帰ってきた!
かのかのちゃんねるオープン!!
2012年2月8日
サイト内CSSマークアップ改良作業中。
2010年12月10日
あと半年は大丈夫(振り込んできました)
2010年7月19日
サイトデザイン改装中です。
2010年6月1日
チャットルーム必要ないなーと思って消しました。
2009年11月27日
チャットルームをつけました。
2009年11月17日
リンク間違い修正。
2009年11月16日
またしても引越ししました。これからもよろしくお願いします。
2009年2月16日
SNS『GIRLX』:1月31日から続いていたデータベースによる不調(生データのバグ)のため、凍結。経緯はgirlx.jpを参照。
2008年9月15日
リスタートしました。これからもよろしくお願いします。
2008年9月9日
前ブログ時のラブレター移植作業中です。
2008年9月9日以前
前サイトがperfume物件を扱ったという事で消滅しました。ラブレターやコメントについて必死にサルベージ中です。

「彼女から彼女への手紙」について

大人の人も未成年の人もいらっしゃいませ。

このサイト『彼女から彼女への手紙』では女性から女性へのラブレターや、悩み相談などを受け付けています。 もし貴女が、同性への恋愛感情で人には言えない、誰にも話せない、ましてや想い人である女性に心に溜まっている気持ちを打ち明ける事ができないのであれば、『彼女から彼女への手紙』はいつでも貴女のラブレターや悩み相談をお待ちしています。掲示板に寄せられた過去ログを読むだけでもちょっと気が楽になるかもしれません。

密かに恋している彼女宛てにラブレターを書いてみる?

というわけでさっそく気になるあの子へ秘密のラブレターを書いてみましょう。…とは言ってもいきなりは書けないものです。そこで、ノートやパソコンのメモ帳に書いてみて、その手紙をこの場所にコピー・ペーストするという方法を薦めます。他の人がどのようにラブレターを書いているのかを見てみるというのも良いでしょう。トップページのラブレター投稿窓口を用意しましたので、いつでもラブレターを投稿してみてください。

 さん

よろしければランキングにご協力ください。にほんブログ村 セクマイ・嗜好ブログ 同性愛・ビアン(ノンアダルト)へ
にほんブログ村

タカハシマコ『それは私と少女は言った』感想&タカハシマコ作品感想

読み物
 タカハシマコを過去作品から追っている僕が見て、この『それは私と少女は言った』という作品は間違いなく最高傑作であるのだが非常に難解な部分を持ち、タカハシマコを初めて読む人にはあまり薦められない。何故、難解な部分を持つのか。それはタカハシマコが得意とする技法にある。よって『それは私と少女は言った』を読み解くには過去作品の参照が必要になる。

まず、百合というジャンルにおいてタカハシマコは『乙女ケーキ』という短編作品集を出している。百合姫に連載された短編をまとめたもので比較的最近に出版された本である。恐らくこれを読めば『それは私と少女は言った』を読み解けるだろうと思うが、『乙女ケーキ』という短編作品集はタカハシマコが得意としてきた技法を“完成させた”後の作品集であり、『それは私と少女は言った』を読み解くための本としては向かない。もっと過去の作品から読まないと『それは私と少女は言った』は理解できないだろう。

タカハシマコの技法、それは記号化である。

タカハシマコは漫画のキャラを作る際、作品のモチーフまたはタイトルから逆算し、タイトルを擬人化したようなそのようなキャラで作品の中で演じさせる。「萌え」というものに自覚的で自身の絵を極限まで可愛くさせ、物語は更なる記号圧縮化へ向かっている。つまりキャラさえも記号として扱うのがタカハシマコの技法であり、最近になりそれは完成へと近づいている。漫画家なら誰しもそうなのだろうと思いがちだが、タカハシマコは何かに追われるように自分の作風を改造し続けている。

さて、タカハシマコを語るにはBLことボーイズラブ作品、18禁雑誌に連載されたロリコン作品、一般誌に掲載されていた思春期作品、百合雑誌に掲載されていた百合作品と4つの視点から見ていかなくてはならない。

BLに関して、タカハシマコは元々BL作家である。そしてショタ大好きという変態であり、キャラクターの改造と記号化はこの時点から始まっている。初コミックスとなる『魔法少年チャイナシュガー』はもう絶版で見ることが出来なかったがこのタイトルだけで「あ、コイツは変態だ」とわかるだろう。最近は『わぁい。』などの男の娘本が色々と出版されているが、1999年のコミックスである。もう初コミックスから可愛さを目指し始めている。『泣いちゃいそうよ。』と『野いちご心中』は同じく絶版(野いちご心中は携帯コミックスで見れる)で見れなかったが、『野いちご心中』の後書きにて後々に『乙女ケーキ』に繋がる一言を書いている。「少女だったことがあるから、手放しで『少女だいすき!』とは言えない」というものだ。だからタカハシマコがBLを書くときは遊びの部分が多い。BLはファンタジーとも何かの本の後書きで書いていたような気もする。つまり漫画という形を取った人形遊びをやっているのかもしれない。“人形”というモチーフはその後の作品で何度も出てくる。ちなみにタカハシマコは人形収集家で絶対に2体買って双子設定にするという。…うん、変態だ。BL作品集では『まっかなおとこのこ。』というBL短編集ではどんな事でも赤面してしまう男の子が出てきて(表題作・まっかなおとこのこ。)、夏でも寒がりで厚着をしている男の子が出てくる(さむがりやの三太くん)と、まあこれは極端な例だが極端に可愛くしている。本当に病的なまでに可愛い男の子の話を描いている。『ドーナツ通信』は18禁雑誌に連載されたロリコン作品の経験もあり、比較的最近の絵柄で書かれている。設定も高校生というのが多い。まあそういうオーダーだったのだろうと思うが、『ドーナツ通信』には重要な作品が一つあり、大好きな男の子に大好きな事が伝わらないから、大好きな男の子のものを桜の下に埋めて、最後に自分を埋めようという“死”に近いモチーフを使った『水玉サクラメント』は後の『乙女ケーキ』内『彼女の隣り』に繋がる。ポップさを目指していく内に、永遠、死、というものに触れてそれを描こうとするタカハシマコの姿が見える。『バナナはおやつに入りません』は『ドーナツ通信』の流れでタカハシマコっぽい可愛い男の子の話が見れる。『デビルくんとエンジェルさん』は…すばらしくタカハシマコっぽいストレンジ4コマなのでタカハシマコが好きならばゲラゲラ笑える。

さて、次。18禁雑誌に連載されたロリコン作品だが、思うにこれが一番タカハシマコが非道になっていく過程が見れる作品集だと思う。『女の子は特別教』『水色ノート』『冷たいお菓子』、最近になり『魔女系』というコミックスが発売されたが、これは昔の作品と今の作品の詰め合わせなのでちょっと置いておく。
タカハシマコのロリコン作品集で重要なのは基本的に「ロリコン(ペドフィリア)は相手の事を考えない」という視点で書かれているという事だ。それでいてタカハシマコも少女好きの変態なので作られた話は全て「こういうの好きでしょ?私も好きー、でも、キモチワルイよね」という複雑な気持ちにさせられるものが多い。『女の子は特別教』で重要なのはバカ話でありながらもタカハシマコが考える「萌え」について考えさせられる作品群、例えば虐待痣プリント付きセクサロイドの話だったり、大人の女から色んなものをマイナスして可愛くさせようという話だったりするのだが、チョイスするとしたら『髪長姫』『やさしくしてね』『人魚ごっこ』『かわいい家族』『好きになった人』、それと新装版で追加された『わたしのなかのよからぬものが』だろうか。特にエグいのは『やさしくしてね。』である。『やさしくしてね。』は女の子がキスする姿の短編表紙からの落差が大きい。女の子にストーカーしている男に、女の子が気持ち悪いからさっさとやらせてどっか行ってもらおうとする話なのだが、女の子がやさしくして、と言ったのにも関わらず男は乱暴に扱ってしまい女の子は男を嫌う。そして男は理想と現実のギャップに折れ「もういいよ、君は優しくなんかないし、もう君の事は見ない」と諦めるのだが、タカハシマコは容赦なく女の子に「優しいってどういう事? 優しくしてあげたなら優しくしてくれるの?」と追い詰め、男を泣かす。そう、結局ロリコンの願望など一方通行でしかないというのをタカハシマコはわかってて描いているのだ。『野いちご心中』での後書きに「少女だったことがあるから、手放しで『少女だいすき!』とは言えない」と書いていたように。バカな話も多いのだが、こういう作品を入れてくるという所にタカハシマコの作家性が見え隠れする。『髪長姫』は髪が早く伸びる女は生理も早いという話をモチーフにした話だが、これは後の百合作品集『乙女ケーキ』内『夏の繭』にて書き直されている。『人魚ごっこ』も性的虐待の匂いがするのに女の子は無垢のままでありそれが逆に痛々しい。『好きになった人』は都はるみの例の歌をモチーフに使い、昔の私を求める彼にさよならを言う話である。『わたしのなかのよからぬものが』は…『エオマイア』というタカハシマコにおけるエヴァンゲリオンのような長編を見てからのほうがわかりやすい。女の子が持つ静かな、しかしじくじくと陰湿な性欲の話である。

そして『女の子は特別教』で獲得した非道さは『冷たいお菓子』、そして『水色ノート』で昇華される。『冷たいお菓子』と『水色ノート』はほぼ同時期に描かれている。ただし『冷たいお菓子』は水彩全カラー6話収録であり、値段にしてみると高いのだが、『冷たいお菓子』に収録された話はどれも非道さにおいてかなりのレベルの高さを持っており、タカハシマコを理解するには読む必要がある。『あわあわ』は一見お風呂で少年少女がキャー!という話だが、少女のロジックが少しおかしい。それは父親にレイプ(恐らく未遂)されたからである。少年が女の子を襲おうとすると女の子は悲鳴を上げ、いたいよ、こわいよ、やめてパパ、ゆうこと聞くからぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、と救い無く終わる。またちょっとSFな『(ニコ)』と繋がる窓の中に理想の少女を見て結果引きこもりになる話や、ロリコンの叔父さんに大人になった体で復讐し一人だけ葬式を挙げる(これは着ている服が白から黒に変わるという表現でなされる)話、大好きなパパに虐待されパパが浮気したから殺して冷凍庫に入れて保存する話(後書きで死んだ父の足をフェラする表現がしたかったとあるが許可がおりなかったらしい)、そういう話が詰め込まれている。最も重要なのが後書きであり、窓の中に理想の少女を見て結果引きこもりになる話の『ワクワク』にて「女に心の少年をもつ人がいるように、男にも心の少女を持つ人がいたら萌えるわぁと思って書いた話なんです。私の妄想ですが“萌え”って人でなしの心だと思っているので、大変申し訳ない気持ちです」と書いている。「“萌え”とは人でなしの心」だとロジックを組み、反映させたのが『冷たいお菓子』と『水色ノート』である。この時点でもうタカハシマコの作風は完成されたと言える。『水色ノート』にはバカな話も多いのだが当然エグい話も多い。『水色ノート』で最初に載っているのは狐の姉妹が人間に化けて堤防の橋の下で拾ったエロ雑誌で「すべての男の人は妹が欲しくて仕方が無いんだって、私には絶対にわからないけど」と500円で時間制限ありで妹になるという『妹屋』という作品である。『女の子は特別教』でも親に言われて売春する女の子の話が載っているが、更にポップ化&酷くなっている。売春する女の子の悲しみなどそこには無く、ポップ化で明るく、そしてペドフィリアの欲望の暗さを抉るように描かれている。しかしその頃流行っていた援助交際(未成年売春)を読み解くと『女の子は特別教』のその手の話よりか『妹屋』の方が援助交際の本質を描いているように思えるのだ。そしてペドフィリアという存在も描かれる。「お兄ちゃんには絶・対・服・従!」と狐のお姉ちゃんの台詞があるのだが、妹を買ったペドのお兄ちゃんに「お兄ちゃんの言う事は絶対だよ」と怖い台詞を言わせている。オチは…タカハシマコらしくバカっぽく〆ているが。他のバカな話も裏読むと怖かったりする。で『水色ノート』で最も非道なのが『となりのばんごはん』と『お兄ちゃんといっしょ』だろうか。
『となりのばんごはん』は何だかよくわからない神様にお金を全部渡してしまう父親に育てられている女の子と仲良しな男の子との話であるが、神様にお金を全部渡してしまう父親がいて、どうやってコンビニでご飯を買って食べているのかを少し想像すると複雑な気持ちになり、『お兄ちゃんといっしょ』ではなんでもお兄ちゃんの真似をしたがる妹と、何故かお兄ちゃんを虐待する母親の話である。重要なのが虐待する時に母親は赤面するのだ。そして性的な虐待もしており、なんでもするから許してという妹に対して母親から覚えた虐待を妹に向かって行う。かなり重い話なのだが、勘違いしないでほしいのはタカハシマコは虐待っ子萌えという属性を持っており、その萌え話を作ろうとなったらこうなったという…まあ、捻くれているのだ。『明日の情操教育』ではハム太郎擬人化させて嫌な話に仕立てているし、“萌え”の裏にあるのはこういうものだよというのを見せてくれる。それでいて『しましま』では…タカハシマコが沖縄に行って出会った少女をモチーフにした、キラキラと輝く性のファンタジーも収録されているのでタカハシマコは本当はこういう作品描きたいんじゃなかろうかと思ったりする。
そして『それは私と少女は言った』感想から離れすぎてしまったが、この『それは私と少女は言った』の元となる話が『水色ノート』内の『ココアシガレット』かもしれない。内容はロリ雑誌の作品なのでそういう作品だが名前に「鳩村先生」「すずめ」「つぐみ」「うずら」と鳥の名前を使っている。

ロリ作品集と多分同時期に普通の人向けの作品も描いている。主に2タイプに分かれるが『(ニコ)』『エオマイア』といった思春期を抉りだす作品と本当に少女漫画な『乙女座・スピカ・真珠星』、桜庭一樹と組んだ『荒野の恋』だろうか。桜庭一樹と組ん『青年のための読書クラブ』は…百合にカテゴリされ、ちょっとやっつけ仕事っぽい、あるいは桜庭一樹の作品を壊さないと恐る恐る描いた結果なので省略する。
『(ニコ)』は、いってしまえば将来犯罪を起こしそうな少年少女を監視し、条件適合したら“(ニコ)”という少女ロボットを派遣、それを誘い罠として少年少女を永遠の国ネバーランドで“隔離”するという話である。この“(ニコ)”を主軸として様々な問題を抱える子供たちがその問題と向き合い、あるものは立ち直り、あるものは逃避、つまりネバーランドで“隔離”される。現代の怪談話のようなものだ。そしてこの“(ニコ)”が『それは私と少女は言った』の中心人物である駒沢鳥子の元ではないかと僕は思う。というか『それは私と少女は言った』を読んだ直後、あ、これ『(ニコ)』だなと思ったので百合としての焼き直しなのかもしれない。
『エオマイア』は…タカハシマコの中にある、物凄く影響を受けた『エヴァンゲリオン』という作品をどうにかして描き上げて次のステップに行きたかったのだろうというタカハシマコの心の揺れが見える。商業作品でありながらエヴァ同人でもある。今回は関係無いので内容紹介は省略する。自分とは他人とは寂しさとは、というテーマである。
な『乙女座・スピカ・真珠星』は少女漫画でありながら、タカハシマコが今までに会得した記号化の技術を使っていて変な意味で面白い。そして「永遠」というモチーフを使っているのも興味深い。思うにタカハシマコがポップ化を目指すのは死に近づくことで「永遠」を手に入れたいのではないかと思う。

そして百合作品『乙女ケーキ』である。ロリ漫画時代で会得した技法をこれでもかと使いまくり、とんでもなくレベルが高い百合作品集となっている。『乙女ケーキ』に関して、その内紹介したいなと思っていたところに『それは私と少女は言った』という作品が投下されたのでどっちを先に紹介するか迷ったが、タカハシマコ作品を振り返る意味で『それは私と少女は言った』を先に紹介した方が良いという結論に至った。『乙女ケーキ』感想は次回に回すとする。

ここでやっと『それは私と少女は言った』の感想について語れる。先ずタカハシマコ作品でこれを最初に買ったものは凄いと思うだろうけどあまり理解できない。何故というと最初に戻るがタカハシマコの技術が物凄く鋭利だからである。鋭利過ぎると人はその凄さを感じとれない。だから予習として過去のタカハシマコ作品を見なければならない。

ストーリーラインとして、駒沢鳥子という何もかも完璧な少女がいて、マザーグースの詩をモチーフにした映画の主役に抜擢、試写会も行われ全国公開する直前、通学路に使っている(そして映画のシーンにも出てくる)踏み切りにて駒沢鳥子は5人のクラスメイトの前で自殺、その美しい顔と体をぐちゃぐちゃにする。駒沢鳥子に憧れる5人、映美(委員長でガミガミと五月蝿いから蠅と悪口を言われている)、自殺した駒沢鳥子の血を顔に受けた咲菜、駒沢鳥子に憧れ同じものを持つが自分を奪われるヒバリ、駒沢鳥子は先生が好きだったという秘密を知る事になる鳩村、そして駒沢鳥子と双子の関係にある鈴芽。そして謎の、死んだはずの駒沢トリコによる携帯ブログでこの5人は繋がる。
駒沢鳥子を含めこれら6人はマザーグースの詩をモチーフにし作られたキャラクターである。本当のマザーブースの詩はもっと続くのだがそれはこの作品とは関係が無い。

マザーグースの詩、(Who killed Cock Robin? 訳・谷川俊太郎)では最初に

  誰が駒鳥殺したの?
  わたし、とすずめがいいました
  わたしの弓矢で
  わたしが殺した

とある。だが、駒沢鳥子と双子の関係にある鈴芽は最終話に出てくる。これが仕掛けられたトリックだろう。そして駒沢鳥子は美しい少女であるから、皆から様々な形で憎悪を受けていた事が語られ、駒沢鳥子の喪失によりその憎悪と向き合うという意味で『(ニコ)』と同じような物語構造を持つ。

少女は殺されるべきなのだろう。美しければ尚更。タカハシマコは駒沢鳥子をさっさと殺し、そして5人の中の駒沢鳥子のイメージも殺す。なかなか殺意に満ち溢れている。それは匿名掲示板に「死ね」と簡単に書き込むように。

長くなったがこれで『それは私と少女は言った』の感想を終わりたい。