2016年2月2日
本年もよろしくお願いします。
2012年7月21日
あの黒歴史SNSこと『Girlx』が別の形で帰ってきた!
かのかのちゃんねるオープン!!
2012年2月8日
サイト内CSSマークアップ改良作業中。
2010年12月10日
あと半年は大丈夫(振り込んできました)
2010年7月19日
サイトデザイン改装中です。
2010年6月1日
チャットルーム必要ないなーと思って消しました。
2009年11月27日
チャットルームをつけました。
2009年11月17日
リンク間違い修正。
2009年11月16日
またしても引越ししました。これからもよろしくお願いします。
2009年2月16日
SNS『GIRLX』:1月31日から続いていたデータベースによる不調(生データのバグ)のため、凍結。経緯はgirlx.jpを参照。
2008年9月15日
リスタートしました。これからもよろしくお願いします。
2008年9月9日
前ブログ時のラブレター移植作業中です。
2008年9月9日以前
前サイトがperfume物件を扱ったという事で消滅しました。ラブレターやコメントについて必死にサルベージ中です。

「彼女から彼女への手紙」について

大人の人も未成年の人もいらっしゃいませ。

このサイト『彼女から彼女への手紙』では女性から女性へのラブレターや、悩み相談などを受け付けています。 もし貴女が、同性への恋愛感情で人には言えない、誰にも話せない、ましてや想い人である女性に心に溜まっている気持ちを打ち明ける事ができないのであれば、『彼女から彼女への手紙』はいつでも貴女のラブレターや悩み相談をお待ちしています。掲示板に寄せられた過去ログを読むだけでもちょっと気が楽になるかもしれません。

密かに恋している彼女宛てにラブレターを書いてみる?

というわけでさっそく気になるあの子へ秘密のラブレターを書いてみましょう。…とは言ってもいきなりは書けないものです。そこで、ノートやパソコンのメモ帳に書いてみて、その手紙をこの場所にコピー・ペーストするという方法を薦めます。他の人がどのようにラブレターを書いているのかを見てみるというのも良いでしょう。トップページのラブレター投稿窓口を用意しましたので、いつでもラブレターを投稿してみてください。

 さん

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candy boy

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評価:
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ビデオメーカー
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(2008-12-10)
コメント:少女セクトを見て最近現代的な百合が無いなあとお嘆きの貴方、candy boyがあるじゃないか!

というわけで作品レビューだが、中身はシンプルに姉妹同士の百合物語である。であるのだが映像に施された現代的な要素が少女セクトと同レベルである。見て損は無い。


卒業は死神

Pixivのショートストーリー

scene 1

開いていた携帯の液晶に雪がひとつ落ち、液晶の画面を伝って地面に落ちるのを見て、私は携帯を閉じ、コートのポケットの中に仕舞った。何かメールを打っていたのではなく、見ていたのでもなく、ましてや携帯でインターネットを見ていたのではない。何もする事が無かったから携帯を開いて、待ち受け画面と今の時刻、アンテナ感度、残りの電池を確認しただけだった。
今は午後の4時34分。これから遊ぶ予定なんてなく、早く家に帰りたいわけでもなく、コンビニやどこかに寄りたいという事もなく、ただ、学校近くの公園、屋根がある場所で、音も無く降り続ける東北の雪を見続けていた。見続けるしかなかった。何も見るものが無いからだ。東北の雪は何もかもを億劫にさせる。東北の雪は北海道の、まるで地面に突き刺すような鋭い雪とは違うものだ。冬の北海道には行った事がないが、テレビでのニュースなどを見る限り、私はそのような印象を持つ。東北の雪。東北の雪は柔らかい綿を千切って雲の上から落としたように一つ一つの雪の粒が大きく、ふわふわと冬の風に舞い、やがて鉛のようにべったりと重く町全体に貼りつく。
今年初めての初雪、雪は天使、ホワイトクリスマス、スキーリゾート。雪と密接な関わりを持たない人たちは雪に対してそのような良いイメージを持つ。東北に住んでいないからそういう事が言えるのだ。東北に住む者にとって、東北の雪が好きなのはまだ小さい子供だけだ。子供の登下校、蛍光色のようなパステルカラーのような水色や黄色やピンクの全身防寒具を着て雪で遊びながら歩く子供の姿を見ると、私はもうそこに戻れない事を知る。小学生から中学生になる頃に訪れる思春期は何もかもを残酷に映しだす。中学校には小学校ほどの自由がなく、制服やジャージは地味で、小学校の時に夢見ていた中学校生活の現実を味わう事になる。空はコンクリートで作られた建物のようなグレー色、目の前はどこまでも終わりの無い白の壁。綿のような雪で遠くの建物が見えない。見えたとしても山があるだけなのだが。楽しいものが何も無く、テレビで知った音楽アーティストの事やバラエティ番組とお笑い芸人の事をただ延々とお喋りするこの田舎では、この東北の雪は閉塞の象徴なのかもしれない。
こうして考えている間にも降り続ける雪が私の毛糸の帽子や紺のコートの肩に積もっていく。手袋をした手で払おうとしても、綿で出来たふかふかとした生地ではどうしても雪が払えきれず、残る。革で出来た薄い鞄も、払おうとすればするほど雪がこびりついて取れない。今日は1月12日。3学期の始めから日数が経っていないので特に憂鬱なのかもしれない。来年は、ああ、センター試験らしいがどうにも実感が持てない。私はまだ進路を決めていない。どうして進路というものがあるのか。どこにも行けやしないのに。雪の粒が頬に落ちたので指で払った。
ここにいてもどうしようもないので帰ろうとした時、コートの中で携帯が鳴った。ポケットに入れていた携帯を取り出す。美和からだった。

「もしもし?」

「あ、裕香?今どこにいる?」

「学校前の公園だけど」

「ちょっと待ってて、私も一緒に帰る」

「ん、わかった、待ってるね」

予定が出来てしまった、と私は思った。ここにあと数分居なくてはならない。私と美和は友達だ。小学校の時から一緒だった。だからと言って子供の頃を思い返すほどでもない。美和は昔から私についてきた。何をするのにも一緒が良いと言い出し、中学や高校の部活も一緒になった。
私は正直、美和の事が少し鬱陶しかった。美和がいつも側にいるせいで友人関係が限定されるからだ。私が美和の他に友人を作ろうとすると、いつも美和が干渉してきて、ダメになった。他の人から見れば私たちは仲が良く、親友という事になるのだろう。まあ、来年、卒業したら私と美和は離れ離れになるだろう。卒業も悪くないなと少しだけ思った。美和はまだやってこない。


scene 2


お元気ですか…というのもヘンだね。

こうやって手紙書いたのって小学生の頃以来かな。年賀状とかは毎年送りあっているけど、手紙ってそういえばなかったよね。書きながらちょっと恥ずかしいかな。

この間、テレビを見ていたら手紙を配達日を指定できるという郵便局のサービスを知ったんだ。そんなのやってるんだ、と思ってこの手紙をそのサービスを使って送る事にしました。ちゃんと届いてるかな。卒業式の次の日に届くようにしたんだけど。

この手紙が届く頃、私は、いません。

骨は…貰ってくれた? ごめんね貰ってくれって頼んじゃって。でもどうしても裕香ちゃんに貰って欲しかったんだ。裕香ちゃんって書くの(呼ぶの?)久しぶりだね。小学校の時は私、裕香ちゃんって呼んでたよね。懐かしいな。いつからお互いに名前を呼び捨てで呼ぶようになったんだっけ。


scene 3


私の家の郵便受けに一通の手紙の封筒が入っていた。差出人は吉澤美和とあった。その手紙を見つけた瞬間、私は急に体の力が抜け、その場にへたりこんでしまった。ありえない。何故。どうして美和から手紙が送られてきたのか。美和はもう、この世にはいない。
センター試験が終り卒業を控えた3月。美和は何の前触れも無く突然自殺した。私には何も言わず、メールも何も残さないで、携帯の電池が切れてどこからも繋がらなくなるように自殺したのだ。自殺の前の日、私と美和は普通に会って、話していたし、メールもやりとりしていた。学校でいじめられているということもなかった。普通だったはずだ。何も変わりはなかったはずだ。
死因は手首の静脈と動脈を傷つけた事での出血多量。話によると両方の手首と腕に深い傷と浅い傷があり、おそらく、静脈を傷つけただけではいつまでも死ねなくて、それで動脈まで傷つけて体に残っていた血を出した、という事だった。美和の遺体には腕に無数の傷が付いていて隠せないので、包帯が巻かれていた。遺書が残されていた。そこには両親への今まで育ててもらった感謝の言葉と、これから生きていく自信がなく自殺すること、そして、骨を友達の私──渡辺裕香に渡して欲しいという事が書いてあった。その遺書には自殺する理由らしい理由が書いていなかった。どうして美和が自殺したのか美和の両親も分からなかったらしく、美和が自殺した当時は半狂乱気味に私に美和の話を聞きに来た。いじめはなかったのか、男が関係しているのか、何か変なものにハマっていなかったか、色々聞いてきた。私は何も知らなかった。いつも美和の横にいたのに、美和の事を何も知らなかったのだ。
美和の両親は不思議と私を疑わなかった。小学生の時からの唯一の友達だったからだ。美和には私しか友達がいない。だから、通夜、葬儀、火葬に友達として参列したのは私一人だった。遺書の通り、私は美和の骨を分けてもらった。美和の両親から「あの子はもう結婚も出来ないから左手の薬指を貰ってくれる?」と言われ、私はその通りに左手の薬指、指輪をはめるところの骨を小さなガラス瓶に入れ、コルクの蓋で封をした。美和の骨が入ったガラス瓶は、物が物なだけにどこにも仕舞う所が無く、私の飾り棚の上に置かれてある。
そして美和が自殺してから12日後、美和から手紙が届いた。卒業式の翌日だった。私はもう学生ではない。3月、まだ桜も咲かない寒い季節。私は玄関先に座り、美和からの手紙の封筒を見続けていた。


scene 4


ちょっと待ってて、と電話で言いながら美和はなかなかやってこなくて、こちらから電話をかけようかとした時に美和はやってきた。遅いよ、と私が言うと、美和は本当は5分ぐらい前に来ていて私が美和の事を待っている様子を見ようと隠れていたらしい。とりあえず軽く美和の頭を叩いた。

「いや、裕香が私の事待ってるのっていいなあと思って」

「意味わかんない。寒いんだから待たせるな」

「遠くから写真も撮ったんだよ、ほら」

私は美和の携帯を強引に奪ってその画像を消してからもう一度美和の頭を叩いた。

「…いったいなぁ、写真撮ったくらいで」

「盗撮されれば誰だって怒る。しかも待たせやがって」

「ごめんって、コンビニであったかいもの奢るから。あんまんと肉まんとピザまん、どれがいい?」

「おでん」

「えー? ん、まあいいけど」

「大根とはんぺんとそれとココア」

「お金、そんなにもってないんですけど。…おでんにココア?食べ合わせ悪くない?それ」

「とりあえず何でもいいから食べたい。つか寒い。マジ寒い」

なんだかんだで私と美和は友達だった。普通に友達がする事はやっていたと思う。学校で宿題を見せたり、休み時間に話したり、カラオケに行ったり、買い物したり。普通過ぎて何も書くことが無い。コンビニでは美和におでんとココアを奢ってもらった。美和が大根をはんぶんこしてというので半分分けてあげた。あーん、と美和が口を開けるので雪を放りこんだ。ひっどーいと美和は言いながら笑った。


scene 5


この手紙は裕香ちゃんにしか送っていません。遺書と一緒に同封しようかなと思ったんだけど、そうすると多分他の人、お父さんやお母さん、そして警察の人に見られるだろうから、裕香ちゃんにだけに届くようにしました。だって裕香ちゃんに迷惑かけちゃうの嫌だったし。裕香ちゃんにだけ私の自殺の理由を知って欲しかったんだ。

何から書けばいいのかな。裕香ちゃんとの事はいっぱいありすぎて、どこから書けばいいかわかんないや。

私がこれから書くことは、もしかしたら裕香ちゃんを苦しめるかもしれないけど、本当は自分の中だけにしまっておいた方が良かったのかもしれないけど、書くね。

scene 6

玄関に座りっぱなしで何してんの、風邪ひいちゃうから部屋に戻りなさい、という母親の声がして、私はやっと呆然とした状態から我に帰る事ができた。だが、それと同時に死んだはずの美和からの手紙の存在が私の心を乱していく。
心臓がどくどくと鳴っている。もしかしたらこの手紙はとんでもないものではないのかという予感がしたからだ。薄い桜色の封筒。美和の字で書かれた私の住所と差出人。これはきっと誰にも見せてはいけないものなのだろうと直感で思い、急いで自分の部屋に戻り、部屋の鍵を閉めた。
今日配達された手紙を受け取ったのが私でよかった。母親が受け取ったのなら家の中で事件になっていただろう。手紙を開封するのは気が重かった、が、手紙を見ない事にはどうにもならない。ふと美和の薬指が入っている小瓶が目に入る。死んだというのにまだそこにいるようで、私は小瓶を机の中に仕舞った。そうしないと美和が一緒に手紙を見てるようで嫌だったからだ。手紙の封筒は赤いハート型のシールで封がされており、私は何を思ったのか赤いハート型のシールが破れないようにと丁寧に手紙を開封することにした。
何が異常なのか私にはわからなくなっていた。美和が自殺した事は一般常識的に異常な事ではある。卒業式を前に女子高生が自殺したという事件は全国ニュースにもなった。美和が自殺した理由は本当に何も無く、報道する側も事件の報道する方向性が見出せずに「将来を悲観して」やら「生きる気力が無い若者症候群」というような感じで美和の自殺の報道は2日間ぐらいで終わった。自殺する人は多い。だが学生が卒業式前に自殺する事は稀である。そういう意味で美和の自殺は異常だった。
そして今、手に取っている手紙も異常だ。最初のページに目を通して、どうして死んだはずの美和から手紙が届いたのかはわかったけれど、それでも異常だった。自殺する事を仄めかす内容の手紙で、実際に美和は自殺したからだった。つまりこの手紙が美和のいう日時指定配達サービスで投函された時点で美和の自殺は決まっていたのだ。美和が生きていればたちの悪い冗談で済んだのだが、実際に自殺してしまった。計画的な自殺。頭が混乱していくのが自分でもわかった。

scene 7

裕香ちゃん、昔から私と一緒にいた裕香ちゃん。私と裕香ちゃんの最初の出会いって覚えてる? きっと覚えてないよね。
小学生の時ね、図工だったかな、私が絵の具セットを忘れて、その頃は私は誰にも何にも言えないおとなしい子だったから先生に言うのもできなくて困っていて泣いてたんだけど、その時にね裕香ちゃんが絵の具セットを貸してくれたの。2人で使おうって、それが私と裕香ちゃんとの出会い。クラスメイトだから出会ってたんだけどね、初めて裕香ちゃんが私に声を掛けてくれたの。私はそれまで友達なんかいなくて、一人ぼっちだったんだけど、裕香ちゃんが話しかけてきて、それから私、裕香ちゃんにべったりになったよね。いつでもどこでも裕香ちゃんに付いて回って、うん、迷惑そうに思われてたのはどこかでわかってたけど、裕香ちゃんはね、私の友達なんだ、って。絵の具セットを貸してくれたのは裕香ちゃんにとって些細な事なんだろうけど、私にとってはそうじゃなかったの。嬉しかったなあ。中学でも高校でも一緒に居たよね。迷惑じゃないかなって少し思ってたけど、それよりも裕香ちゃんと一緒に居たかったんだ。

scene 8

私は美和との初めての出会いを覚えていなかった。何となく記憶の底にあるようで、でもそれは見つけられなかった。子供の頃の記憶などそのようなものだろう。全部覚えているようで覚えていない。
覚えているのは何となく強い印象がある記憶だけで、その印象が強い記憶を覚えている理由など子供の頃だからよくわからない理由で覚えているのだ。例えば私が小学1年の頃、家の近くにマクドナルドが出店し、連れて行って貰いたがったのだが、何となく親に言い出せずにいたという思い出がある。何故こんな記憶をすぐ思い出せるのか、マクドナルドの近くを通るたびに思い出すのかよく分からない。他にも月にアメリカがあると思い込んでいた頃の記憶や、学校の近くでキリスト教関係の宗教関係者が絵本のようなビラを配っていた事など、それは夜に見る夢のような感じで端々に覚えている。子供の頃の記憶とはそういうもので、きっと美和が手紙で書いているのはそのような些細な事なのだ。私には些細で、美和では些細な事で無かった事。小学二年の頃から美和はずっと隣に居て、それが普通だった。だから初めてあった時の記憶など覚えていない。

scene 9

子供の頃の話ってなるとつい長くなるよね。他にもいっぱいあるけれどそれを書いちゃうと紙がいくらあっても足りなくなるからやめとくね。
私がこうやって手紙を裕香ちゃんに出したのは他でも無く私が裕香ちゃんに伝えたい事があったからです。

今まで私は裕香ちゃんと一緒にいて、居続けて、高校も同じで一緒に居て、私にとって裕香ちゃんは初めての友達で、ずーっとずーっと一緒だと思ってたんだ。裕香ちゃんはいつでも居るって感じでさ。

でも私たち卒業すれば別々になっちゃうよね。進路も違うし。

私はそれが分からなくて、裕香ちゃんがどこか遠くに行ってしまうというのが分からなくて、考えても考えても分からなくて、どうしていいのかわからなくて、卒業が私たちを裂くのならば、その前に死んでしまおうと思ったんだ。

ねえ、裕香ちゃん。好きだよ。

絶望的に好き。

友達の好きなんかじゃなく、本当に好きなんだ。

裕香ちゃんにとって私はただの友達かもしれないけど、私にとって裕香ちゃんは特別に好き。卒業が私たちを引き裂くのならこの幸せのまま死にたい。そう思って私は卒業式の前に死ぬことを選んだんだ。こんな形での告白は卑怯かもしれないけれど、裕香ちゃんならこれまでもこれからもただの友達でいようと言うだろうから死ぬことにしました。

気持ち悪いって思うかもしれないけれど、思ってるかもしれないけれど、私には告白する事なんてできなくて、こんな形でしか伝えられなくて、ごめん。

ごめんね。

scene10

最後に「ごめんね」と記された美和からの手紙を読み終わって私は何もしてあげられなかった無力感に包まれた。返事をしたくても美和はもうこの世にはいない。美和はどんな気持ちでこの手紙を書いたのか想像するしかなかった。好きと書かれた手紙の文字がとがりながら震えていて、きっと手紙でも告白するのが怖かったのだろう。私は手紙を封筒に戻し、机の中に仕舞った美和の骨が入った小瓶を取り出し、机の上に置いた。そして、気づけなくてごめんね、と誰もいない部屋で一人呟いた。
翌朝、私は美和が眠る墓地へと向かっていた。私の中にあるこの思いとは何かを確かめるためだった。そして美和のお墓の前で私は泣いた。贖罪でもなく後悔でもなく、ただ失ってしまった美和という存在が寂しいと思って泣いたのだ。手紙には裏にPSと書かれて、裕香ちゃんありがとう、と記されていた。きっと美和の命は卒業式が奪っていったのだろう。卒業は死神のようだと思った。
 
JUGEMテーマ:同性愛/レズビアン

袴田めら「この願いが叶うなら」内「うつくしいもの」

読み物
袴田めらはフェティッシュなシーンを描くのに向いている。その最たる作品が「この願いが叶うなら」内に収録されている「うつくしいもの」だろう。もう何度も繰り返し見ているのに飽きない。

制服でチュ 感想

読み物
制服でチュ  
これは読む脳内ドラッグである。ただ単に可愛い女子がキスしまくる写真集であり、これ以上何を語るべきだろうか。まずは買ってみて萌えていただきたい。

タカハシマコ『それは私と少女は言った』感想&タカハシマコ作品感想

読み物
 タカハシマコを過去作品から追っている僕が見て、この『それは私と少女は言った』という作品は間違いなく最高傑作であるのだが非常に難解な部分を持ち、タカハシマコを初めて読む人にはあまり薦められない。何故、難解な部分を持つのか。それはタカハシマコが得意とする技法にある。よって『それは私と少女は言った』を読み解くには過去作品の参照が必要になる。

まず、百合というジャンルにおいてタカハシマコは『乙女ケーキ』という短編作品集を出している。百合姫に連載された短編をまとめたもので比較的最近に出版された本である。恐らくこれを読めば『それは私と少女は言った』を読み解けるだろうと思うが、『乙女ケーキ』という短編作品集はタカハシマコが得意としてきた技法を“完成させた”後の作品集であり、『それは私と少女は言った』を読み解くための本としては向かない。もっと過去の作品から読まないと『それは私と少女は言った』は理解できないだろう。

タカハシマコの技法、それは記号化である。

タカハシマコは漫画のキャラを作る際、作品のモチーフまたはタイトルから逆算し、タイトルを擬人化したようなそのようなキャラで作品の中で演じさせる。「萌え」というものに自覚的で自身の絵を極限まで可愛くさせ、物語は更なる記号圧縮化へ向かっている。つまりキャラさえも記号として扱うのがタカハシマコの技法であり、最近になりそれは完成へと近づいている。漫画家なら誰しもそうなのだろうと思いがちだが、タカハシマコは何かに追われるように自分の作風を改造し続けている。

さて、タカハシマコを語るにはBLことボーイズラブ作品、18禁雑誌に連載されたロリコン作品、一般誌に掲載されていた思春期作品、百合雑誌に掲載されていた百合作品と4つの視点から見ていかなくてはならない。

BLに関して、タカハシマコは元々BL作家である。そしてショタ大好きという変態であり、キャラクターの改造と記号化はこの時点から始まっている。初コミックスとなる『魔法少年チャイナシュガー』はもう絶版で見ることが出来なかったがこのタイトルだけで「あ、コイツは変態だ」とわかるだろう。最近は『わぁい。』などの男の娘本が色々と出版されているが、1999年のコミックスである。もう初コミックスから可愛さを目指し始めている。『泣いちゃいそうよ。』と『野いちご心中』は同じく絶版(野いちご心中は携帯コミックスで見れる)で見れなかったが、『野いちご心中』の後書きにて後々に『乙女ケーキ』に繋がる一言を書いている。「少女だったことがあるから、手放しで『少女だいすき!』とは言えない」というものだ。だからタカハシマコがBLを書くときは遊びの部分が多い。BLはファンタジーとも何かの本の後書きで書いていたような気もする。つまり漫画という形を取った人形遊びをやっているのかもしれない。“人形”というモチーフはその後の作品で何度も出てくる。ちなみにタカハシマコは人形収集家で絶対に2体買って双子設定にするという。…うん、変態だ。BL作品集では『まっかなおとこのこ。』というBL短編集ではどんな事でも赤面してしまう男の子が出てきて(表題作・まっかなおとこのこ。)、夏でも寒がりで厚着をしている男の子が出てくる(さむがりやの三太くん)と、まあこれは極端な例だが極端に可愛くしている。本当に病的なまでに可愛い男の子の話を描いている。『ドーナツ通信』は18禁雑誌に連載されたロリコン作品の経験もあり、比較的最近の絵柄で書かれている。設定も高校生というのが多い。まあそういうオーダーだったのだろうと思うが、『ドーナツ通信』には重要な作品が一つあり、大好きな男の子に大好きな事が伝わらないから、大好きな男の子のものを桜の下に埋めて、最後に自分を埋めようという“死”に近いモチーフを使った『水玉サクラメント』は後の『乙女ケーキ』内『彼女の隣り』に繋がる。ポップさを目指していく内に、永遠、死、というものに触れてそれを描こうとするタカハシマコの姿が見える。『バナナはおやつに入りません』は『ドーナツ通信』の流れでタカハシマコっぽい可愛い男の子の話が見れる。『デビルくんとエンジェルさん』は…すばらしくタカハシマコっぽいストレンジ4コマなのでタカハシマコが好きならばゲラゲラ笑える。

さて、次。18禁雑誌に連載されたロリコン作品だが、思うにこれが一番タカハシマコが非道になっていく過程が見れる作品集だと思う。『女の子は特別教』『水色ノート』『冷たいお菓子』、最近になり『魔女系』というコミックスが発売されたが、これは昔の作品と今の作品の詰め合わせなのでちょっと置いておく。
タカハシマコのロリコン作品集で重要なのは基本的に「ロリコン(ペドフィリア)は相手の事を考えない」という視点で書かれているという事だ。それでいてタカハシマコも少女好きの変態なので作られた話は全て「こういうの好きでしょ?私も好きー、でも、キモチワルイよね」という複雑な気持ちにさせられるものが多い。『女の子は特別教』で重要なのはバカ話でありながらもタカハシマコが考える「萌え」について考えさせられる作品群、例えば虐待痣プリント付きセクサロイドの話だったり、大人の女から色んなものをマイナスして可愛くさせようという話だったりするのだが、チョイスするとしたら『髪長姫』『やさしくしてね』『人魚ごっこ』『かわいい家族』『好きになった人』、それと新装版で追加された『わたしのなかのよからぬものが』だろうか。特にエグいのは『やさしくしてね。』である。『やさしくしてね。』は女の子がキスする姿の短編表紙からの落差が大きい。女の子にストーカーしている男に、女の子が気持ち悪いからさっさとやらせてどっか行ってもらおうとする話なのだが、女の子がやさしくして、と言ったのにも関わらず男は乱暴に扱ってしまい女の子は男を嫌う。そして男は理想と現実のギャップに折れ「もういいよ、君は優しくなんかないし、もう君の事は見ない」と諦めるのだが、タカハシマコは容赦なく女の子に「優しいってどういう事? 優しくしてあげたなら優しくしてくれるの?」と追い詰め、男を泣かす。そう、結局ロリコンの願望など一方通行でしかないというのをタカハシマコはわかってて描いているのだ。『野いちご心中』での後書きに「少女だったことがあるから、手放しで『少女だいすき!』とは言えない」と書いていたように。バカな話も多いのだが、こういう作品を入れてくるという所にタカハシマコの作家性が見え隠れする。『髪長姫』は髪が早く伸びる女は生理も早いという話をモチーフにした話だが、これは後の百合作品集『乙女ケーキ』内『夏の繭』にて書き直されている。『人魚ごっこ』も性的虐待の匂いがするのに女の子は無垢のままでありそれが逆に痛々しい。『好きになった人』は都はるみの例の歌をモチーフに使い、昔の私を求める彼にさよならを言う話である。『わたしのなかのよからぬものが』は…『エオマイア』というタカハシマコにおけるエヴァンゲリオンのような長編を見てからのほうがわかりやすい。女の子が持つ静かな、しかしじくじくと陰湿な性欲の話である。

そして『女の子は特別教』で獲得した非道さは『冷たいお菓子』、そして『水色ノート』で昇華される。『冷たいお菓子』と『水色ノート』はほぼ同時期に描かれている。ただし『冷たいお菓子』は水彩全カラー6話収録であり、値段にしてみると高いのだが、『冷たいお菓子』に収録された話はどれも非道さにおいてかなりのレベルの高さを持っており、タカハシマコを理解するには読む必要がある。『あわあわ』は一見お風呂で少年少女がキャー!という話だが、少女のロジックが少しおかしい。それは父親にレイプ(恐らく未遂)されたからである。少年が女の子を襲おうとすると女の子は悲鳴を上げ、いたいよ、こわいよ、やめてパパ、ゆうこと聞くからぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、と救い無く終わる。またちょっとSFな『(ニコ)』と繋がる窓の中に理想の少女を見て結果引きこもりになる話や、ロリコンの叔父さんに大人になった体で復讐し一人だけ葬式を挙げる(これは着ている服が白から黒に変わるという表現でなされる)話、大好きなパパに虐待されパパが浮気したから殺して冷凍庫に入れて保存する話(後書きで死んだ父の足をフェラする表現がしたかったとあるが許可がおりなかったらしい)、そういう話が詰め込まれている。最も重要なのが後書きであり、窓の中に理想の少女を見て結果引きこもりになる話の『ワクワク』にて「女に心の少年をもつ人がいるように、男にも心の少女を持つ人がいたら萌えるわぁと思って書いた話なんです。私の妄想ですが“萌え”って人でなしの心だと思っているので、大変申し訳ない気持ちです」と書いている。「“萌え”とは人でなしの心」だとロジックを組み、反映させたのが『冷たいお菓子』と『水色ノート』である。この時点でもうタカハシマコの作風は完成されたと言える。『水色ノート』にはバカな話も多いのだが当然エグい話も多い。『水色ノート』で最初に載っているのは狐の姉妹が人間に化けて堤防の橋の下で拾ったエロ雑誌で「すべての男の人は妹が欲しくて仕方が無いんだって、私には絶対にわからないけど」と500円で時間制限ありで妹になるという『妹屋』という作品である。『女の子は特別教』でも親に言われて売春する女の子の話が載っているが、更にポップ化&酷くなっている。売春する女の子の悲しみなどそこには無く、ポップ化で明るく、そしてペドフィリアの欲望の暗さを抉るように描かれている。しかしその頃流行っていた援助交際(未成年売春)を読み解くと『女の子は特別教』のその手の話よりか『妹屋』の方が援助交際の本質を描いているように思えるのだ。そしてペドフィリアという存在も描かれる。「お兄ちゃんには絶・対・服・従!」と狐のお姉ちゃんの台詞があるのだが、妹を買ったペドのお兄ちゃんに「お兄ちゃんの言う事は絶対だよ」と怖い台詞を言わせている。オチは…タカハシマコらしくバカっぽく〆ているが。他のバカな話も裏読むと怖かったりする。で『水色ノート』で最も非道なのが『となりのばんごはん』と『お兄ちゃんといっしょ』だろうか。
『となりのばんごはん』は何だかよくわからない神様にお金を全部渡してしまう父親に育てられている女の子と仲良しな男の子との話であるが、神様にお金を全部渡してしまう父親がいて、どうやってコンビニでご飯を買って食べているのかを少し想像すると複雑な気持ちになり、『お兄ちゃんといっしょ』ではなんでもお兄ちゃんの真似をしたがる妹と、何故かお兄ちゃんを虐待する母親の話である。重要なのが虐待する時に母親は赤面するのだ。そして性的な虐待もしており、なんでもするから許してという妹に対して母親から覚えた虐待を妹に向かって行う。かなり重い話なのだが、勘違いしないでほしいのはタカハシマコは虐待っ子萌えという属性を持っており、その萌え話を作ろうとなったらこうなったという…まあ、捻くれているのだ。『明日の情操教育』ではハム太郎擬人化させて嫌な話に仕立てているし、“萌え”の裏にあるのはこういうものだよというのを見せてくれる。それでいて『しましま』では…タカハシマコが沖縄に行って出会った少女をモチーフにした、キラキラと輝く性のファンタジーも収録されているのでタカハシマコは本当はこういう作品描きたいんじゃなかろうかと思ったりする。
そして『それは私と少女は言った』感想から離れすぎてしまったが、この『それは私と少女は言った』の元となる話が『水色ノート』内の『ココアシガレット』かもしれない。内容はロリ雑誌の作品なのでそういう作品だが名前に「鳩村先生」「すずめ」「つぐみ」「うずら」と鳥の名前を使っている。

ロリ作品集と多分同時期に普通の人向けの作品も描いている。主に2タイプに分かれるが『(ニコ)』『エオマイア』といった思春期を抉りだす作品と本当に少女漫画な『乙女座・スピカ・真珠星』、桜庭一樹と組んだ『荒野の恋』だろうか。桜庭一樹と組ん『青年のための読書クラブ』は…百合にカテゴリされ、ちょっとやっつけ仕事っぽい、あるいは桜庭一樹の作品を壊さないと恐る恐る描いた結果なので省略する。
『(ニコ)』は、いってしまえば将来犯罪を起こしそうな少年少女を監視し、条件適合したら“(ニコ)”という少女ロボットを派遣、それを誘い罠として少年少女を永遠の国ネバーランドで“隔離”するという話である。この“(ニコ)”を主軸として様々な問題を抱える子供たちがその問題と向き合い、あるものは立ち直り、あるものは逃避、つまりネバーランドで“隔離”される。現代の怪談話のようなものだ。そしてこの“(ニコ)”が『それは私と少女は言った』の中心人物である駒沢鳥子の元ではないかと僕は思う。というか『それは私と少女は言った』を読んだ直後、あ、これ『(ニコ)』だなと思ったので百合としての焼き直しなのかもしれない。
『エオマイア』は…タカハシマコの中にある、物凄く影響を受けた『エヴァンゲリオン』という作品をどうにかして描き上げて次のステップに行きたかったのだろうというタカハシマコの心の揺れが見える。商業作品でありながらエヴァ同人でもある。今回は関係無いので内容紹介は省略する。自分とは他人とは寂しさとは、というテーマである。
な『乙女座・スピカ・真珠星』は少女漫画でありながら、タカハシマコが今までに会得した記号化の技術を使っていて変な意味で面白い。そして「永遠」というモチーフを使っているのも興味深い。思うにタカハシマコがポップ化を目指すのは死に近づくことで「永遠」を手に入れたいのではないかと思う。

そして百合作品『乙女ケーキ』である。ロリ漫画時代で会得した技法をこれでもかと使いまくり、とんでもなくレベルが高い百合作品集となっている。『乙女ケーキ』に関して、その内紹介したいなと思っていたところに『それは私と少女は言った』という作品が投下されたのでどっちを先に紹介するか迷ったが、タカハシマコ作品を振り返る意味で『それは私と少女は言った』を先に紹介した方が良いという結論に至った。『乙女ケーキ』感想は次回に回すとする。

ここでやっと『それは私と少女は言った』の感想について語れる。先ずタカハシマコ作品でこれを最初に買ったものは凄いと思うだろうけどあまり理解できない。何故というと最初に戻るがタカハシマコの技術が物凄く鋭利だからである。鋭利過ぎると人はその凄さを感じとれない。だから予習として過去のタカハシマコ作品を見なければならない。

ストーリーラインとして、駒沢鳥子という何もかも完璧な少女がいて、マザーグースの詩をモチーフにした映画の主役に抜擢、試写会も行われ全国公開する直前、通学路に使っている(そして映画のシーンにも出てくる)踏み切りにて駒沢鳥子は5人のクラスメイトの前で自殺、その美しい顔と体をぐちゃぐちゃにする。駒沢鳥子に憧れる5人、映美(委員長でガミガミと五月蝿いから蠅と悪口を言われている)、自殺した駒沢鳥子の血を顔に受けた咲菜、駒沢鳥子に憧れ同じものを持つが自分を奪われるヒバリ、駒沢鳥子は先生が好きだったという秘密を知る事になる鳩村、そして駒沢鳥子と双子の関係にある鈴芽。そして謎の、死んだはずの駒沢トリコによる携帯ブログでこの5人は繋がる。
駒沢鳥子を含めこれら6人はマザーグースの詩をモチーフにし作られたキャラクターである。本当のマザーブースの詩はもっと続くのだがそれはこの作品とは関係が無い。

マザーグースの詩、(Who killed Cock Robin? 訳・谷川俊太郎)では最初に

  誰が駒鳥殺したの?
  わたし、とすずめがいいました
  わたしの弓矢で
  わたしが殺した

とある。だが、駒沢鳥子と双子の関係にある鈴芽は最終話に出てくる。これが仕掛けられたトリックだろう。そして駒沢鳥子は美しい少女であるから、皆から様々な形で憎悪を受けていた事が語られ、駒沢鳥子の喪失によりその憎悪と向き合うという意味で『(ニコ)』と同じような物語構造を持つ。

少女は殺されるべきなのだろう。美しければ尚更。タカハシマコは駒沢鳥子をさっさと殺し、そして5人の中の駒沢鳥子のイメージも殺す。なかなか殺意に満ち溢れている。それは匿名掲示板に「死ね」と簡単に書き込むように。

長くなったがこれで『それは私と少女は言った』の感想を終わりたい。



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